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東京地方裁判所八王子支部 平成10年(ワ)1072号 判決 1999年3月25日

原告

沖永希世

被告

清水政彦

ほか一名

主文

一  被告らは、各自原告に対し、二九五万二三四五円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自原告に対し、六四三万一四六五円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通貨物自動車(以下「加害車」という。)を運転していた被告清水政彦(以下「被告政彦」という。)が、交差点を左折した際、横断歩道を横断してきた原告に加害車を衝突させ、原告に傷害を負わせた事故(以下「本件事故」という。)に関し、原告が、被告政彦に対しては民法七〇九条に基づき、被告清水公男(以下「被告公男」という。)に対しては自賠法三条に基づきそれぞれ損害賠償を請求した事案である。なお、原告は、現在も通院中で未だ症状は固定していないとして、後遺症に基づく損害を請求せず、したがって、本訴請求は、一部請求である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 日時 平成九年九月三日午前一〇時一〇分頃

(二) 場所 千葉県船橋市若松一丁目一三番先路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車 普通貨物自動車(鳥取一一ら二五三)

右運転者 被告政彦

(四) 被害者 原告

(五) 事故の態様 被告政彦が加害車を運転して、交通整理の行われている交差点を船橋市日の出二丁目方面から同市浜松一丁目方面に左折しようとしたところ、同左折方向出口に設けられた横断歩道を、左方から右方に向け横断してきた原告に衝突させて、路上に転倒させたうえ、轢過した(証拠〔甲一五、二二〕によれば、加害車は原告を轢過したことが認められる。)。

2(一)  被告政彦は、加害車を運転し、本件現場において左折する際、横断歩道上を横断する歩行者の有無及び安全を確認する注意義務があるのに、これを怠り、青信号を確認のうえ、左方から右方に向け横断してきた原告に加害車を衝突させ、傷害を負わせた過失があるので、民法第七〇九条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

(二)  被告公男は、加害車の保有者であるから、自賠法第三条に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

二  争点

1  原告の受傷の内容及び治療の経過

(原告の主張)

(一) 原告は、本件事故により、頸椎捻挫、右坐骨骨折、頭部、両大腿、右膝、右足関節打撲の傷害を負った。

(二) 治療状況

(1) 船橋市立医療センターに平成九年九月三日から同月一五日まで入院(入院日数一三日)

(2)(a) 新千里病院に同月一六日から同年一一月二三日まで入院(入院日数六九日)

(b) 同病院に同月二四日から同年一二月一二日まで通院(実治療日数一日)

(3) 大阪大学医学部付属病院に同年一一月二六日から現在まで通院(平成一〇年三月三一日までの実治療日数一三日)

(4) 内田クリニックに平成九年一一月二八日及び同年一二月一〇日通院(実治療日数二日)

(被告らの主張)

(一) 原告が原告主張の傷害を負ったことは不知

(二) 原告主張の治療状況のうち、(1)及び(2)は認め、その余は不知

2  損害額

(原告の主張)

原告が主張する損害は、次のとおりである。

(一) 治療関係費

(1) 通院治療費 二〇万三七五五円

(a) 大阪大学医学部付属病院 八万五二七五円

(b) 内田クリニック 一一万八四八〇円

(2) 付添費 三〇万二二二〇円

被告の寝たきり、車椅子生活に対する母親の付添看護費用

(a) 船橋医療センター 六万円

(一〇日間、一日七時間以上看護)

一日当たり六〇〇〇円が相当である。

(b) 新千里病院 二一万四五〇〇円

(三九日間、一日六時間以上看護)

一日当たり五五〇〇円が相当である。

交通費 二万七七二〇円(右看護日数に相当分)

(3) 入院雑費 一二万三〇〇〇円(八二日間)

一日当たり一五〇〇円が相当である。

(4) 交通費 二四万三二九〇円

但し、平成一〇年三月三一日までの分

(a) 大阪、千葉間交通費 一九万四六六〇円

(b) 大阪での通院交通費 四万八六三〇円

右通院交通費のうち、平成九年一一月二六日から同年一二月二八日まではタクシーを利用(二万七〇三〇円)。

(二) 傷害に伴う逸失利益

学生実験授業嘱託手当て 二五万九二〇〇円

原告は、東京理科大学応用化学科古谷圭一教授の要請により、教室内実験指導を行っていたが、本事故のため、右嘱託料を得られなくなった。

(三) 傷害慰謝料 四五〇万円

但し、平成一〇年二月一〇日までの分

(1) 原告には、事故の時、全く過失がなく、被告の過失は一方的であり、かつ、重大である。

(2) 原告は、加害車に衝突、転倒させられたうえに、さらに礫過されたため、人事不省に陥り、病院に到着後はじめて気がついた状態であり、身体には約二か月間タイヤの跡が残っていた。また、原告は、三か月近い入院中、頸椎捻挫のため頭痛、めまい、吐き気に苦しめられ、また、坐骨骨折、身体打撲のため約六〇日間寝たきり、ないし、車椅子の生活を余儀なくされ、その苦痛に耐えねばならなかった。退院後、その症状は軽減されたとは言え、頸の痛さ、気分の悪さに悩まされ、腰、脚の痛さ、行動の不自由さに悩まされている。

(3) 原告は、東京理科大学大学院理学研究科化学専攻修士課程終了後、大阪大学大学院医学研究科環境医学教室に入り、森本兼教授の下で博士過程を履修すべく既に同教授の面接を受けて、その承諾を得ていた。その際、博士課程入学試験に合格することが条件であったが、本件事故に遭ったことにより、受験日(平成一〇年二月五日)前の最も重要な準備期間(約五か月間)に一切の受験勉強が不可能となったため、不合格となった。

原告は、生涯の研究テーマとして、環境医学を選び、将来とも研究者として社会に貢献する決心をしていたので、東京理科大学卒業を前に、就職活動を一切しなかった程である。原告は、当然合格すると思い込んでいた試験に不合格になったことにより非常な精神的ショックを受けた。原告は、少なくとも一年間の大阪大学大学院入学延期を覚悟した。その後、原告は、大阪大学がたまたま実施した四月二五日の追加試験を受ける機会を得て、結果的には、これに合格したものの、この間、原告の受けた精神的負担は大きいものがあった。

(4) したがって、原告の平成一〇年二月一〇日までの分の傷害慰謝料としては、四五〇万円が相当である。

(四) 損害の填補 五〇万円

(五) 弁護士費用 一三〇万円

(六) 以上、合計 六四三万一四六五円

(被告らの主張)

(一) 付添費につき、船橋市立医療センターでは、付添看護不要との医師の診断であり、また、新千里病院では、付添看護の必要性について診断書に医師の記載がなく、したがって、付添の必要性はなかった。付添の際の交通費は通常付添看護費に含まれるものであって、二重計上にあたるうえ、右のとおり、そもそも付添看護の必要性を欠いていた。

(二) 入院雑費は、一日当たり一三〇〇円程度が妥当である。

(三) 交通費は、タクシー使用代につき相当性を争う。

(四) 傷害慰謝料は、原告の入通院期間からすると、高くとも一五〇万円程度とすべきである。

3  損害の填補

(被告らの主張)

原告は、被告ら又は加害車に付保された農協共済から次のとおりの金員の支払を受けた。

(一) 平成九年一〇月三日 五二万二五八五円

(二) 同年一一月二七日 九万〇七七〇円

(三) 同年一二月一五日 五六万四七三五円

(四) 同月二五日 一八〇万〇五七五円

(五) 平成一〇年四月一日 五〇万円

(原告の主張)

(一) 原告が被告ら主張の各支払を受けたことは認めるが、右各支払が損害の填補にあたることは争う。

(二) 被告ら主張の各支払のうち、(一)ないし(四)は、原告が本訴において請求していない損害に対するものである。また、(五)は、右2の原告の主張(四)記載のとおり、原告が損害の填補を自認して請求額から控除しているものである。

第三争点に対する判断

一  争点1(原告の受傷の内容及び治療の経過)について

証拠(甲一ないし六、七の1ないし15、八の1、2、九ないし一一、一三、一六、一七、二二、原告)によれば、原告は、千葉市内に居住して東京理科大学に通学していた際の平成九年九月三日に本件事故に遭って、骨盤骨折、全身打撲の傷害を負い、事故後直ちに救急車で船橋市所在の船橋市立医療センターに搬送され、同月一五日まで同病院に入院(入院日数一三日)し、保存的な治療を受けたこと、その間、原告は、痛みのためベッド上で動けず、また、座骨骨折のため排尿等の処理も看護婦が行ったほか、その後、母親が吹田市内の自宅から出てきて原告に付添うようになった後は、母親がこれを処理するようになったこと、その後、原告は、船橋市で治療を継続しても、付き添った母親らに面倒をかけることなどから、実家のある大阪において治療を受けることとし、同月一五日同病院から吹田市所在の新千里病院に転院し、同病院において頸椎捻挫、右坐骨骨折、頭部、両大腿、右膝、右足関節打撲との診断を受けたうえ、同病院に引き続き入院し、同様保存的な治療を受けたこと、原告は、同病院における入院中も、母親の看護を受け、排尿等の介助を受けるなどしたこと、原告は、その後、同年一一月二三日まで同病院に入院(入院日数六九日)した後、同年一一月二四日から同年一二月一二日まで同病院に通院(実治療日数一日)して治療を受けたこと、ところが、同病院には、脳神経外科がなかったことから、同病院の医師の指示により、更に、原告は、平成九年一一月二六日から大阪大学医学部付属病院脳神経外科に通院(平成一〇年三月三一日までの実治療日数一三日)する一方、更に、同病院の医師の指示により、MRIによる検査を受けるため、平成九年一一月二八日及び同年一二月一〇日内田クリニックを受診(実治療日数二日)したことが認められる。

二  争点2(損害額)について

1  治療関係費

(一) 通院治療費

証拠(甲六、七の1ないし15、八の1、2、二二、原告)によれば、原告は、通院中の治療費として、大阪大学医学部付属病院に八万五二七五円、内田クリニックに一一万八四八〇円をそれぞれ支出したことが認められる。

(二) 付添費

証拠(甲九、二二、原告)によれば、原告は、船橋医療センターにおける入院期間中のうちの一〇日間及び新千里病院における入院期間中のうちの三九日間、いずれも母親の付添看護を受けたことが認められるところ、右一認定の原告の症状の部位、程度等に鑑みると、母親が原告に付添うのに要した交通費を含め、一日当たり五五〇〇円の割合による合計二六万九五〇〇円をもって本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三) 入院雑費

入院雑費は、一日当たり一三〇〇円と認めるのが相当であるから、八二日間で合計一〇万六六〇〇円となる。

(四) 交通費

(1) 証拠(甲一〇、二二、原告)によれば、原告は、本件事故当時通学していた東京理科大学の卒業試験の受験、卒業式等のため、本件事故後新幹線、飛行機を使用して、大阪、千葉間を行き来し、その交通費として合計一九万四六六〇円を支出したことが認められる。

(2) 証拠(甲一一ないし一三、一八の1、2、二二、原告)によれば、平成九年一一月二六日から同年一二月二八日までの間、原告は、通院のため、タクシーを利用し、合計二万七〇三〇円のタクシー代を支出したこと、当時、原告は、頸の痛みのほか、歩行障害もあって階段の昇降に支障があり、タクシー利用もやむを得なかったこと、それ以外に、原告は、平成一〇年三月三一日までの間、通院のため電車等を利用し、合計二万一六〇〇円を支出したことが認められる。

2  傷害に伴う逸失利益

証拠(甲一四、二二、原告)によれば、原告は、本件事故前まで、東京理科大学理学部応用化学科古谷圭一教授の要請により教室内実験指導を行っていたこと、ところが、原告は、本事故に遭ったため、右指導をその後行うことができなくなり、その結果、学生実験授業嘱託手当二五万九二〇〇円を得られなくなったことが認められる。

3  傷害慰謝料

(一) 以上認定の諸般の事情を考慮すると、平成一〇年二月一〇日までの分の傷害慰謝料としては、一六〇万円をもって相当と認める。

(二) この点に関し、原告は、本件事故に遭ったことにより、大阪大学大学院博士課程入学試験のための受験勉強が不可能となり、右試験に不合格となったと主張し、これによって原告が被った精神的苦痛に対しても慰謝料を請求する。しかしながら、前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、原告が主張する右のような事由は、加害車を運転していた被告政彦において到底予見不可能な事柄であると認められるから、仮に本件事故により原告が原告主張の試験に不合格となったと認められるとしても、本件事故と相当因果関係のある損害とはいえず、したがって、原告の傷害慰謝料を算定するに際しこれを考慮すべきものではない。

三  争点3(損害の填補)について

1  原告が、前記第二、二、3被告らの主張欄記載の各支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

2  証拠(甲一九、二〇、乙一の1ないし5、二の1、2、三、四)及び弁論の全趣旨によれば、前記第二、二、3被告らの主張欄(一)ないし(四)記載の各支払は、いずれも原告の本訴請求に係る損害以外の損害に対し支払われたものであることが認められる。また、弁論の全趣旨によれば、平成一〇年四月一日に原告が支払を受けた五〇万円は、原告が前記第二、二、2原告の主張(四)において損害が填補きれたことを自認する金員と認められる。したがって、被告らの損害の填補の主張は、いずれも理由がない。

四  弁護士費用

証拠(原告)によれば、原告は、本訴の提起、追行を弁護士である原告訴訟代理人に委任したことが認められるところ、本件訴訟の難易度、認容額、審理の経過等に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、二七万円と認めるのが相当である。

五  以上によれば、被告らは、各自原告に対し、二九五万二三四五円及びこれに対する平成九年九月三日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六  以上の次第で、原告の本訴各請求は、右五の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、主文のとおり判決する。

(裁判官 岩田眞)

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